大友さんの「without records」に僕が関わり始めたのが2007年。
かれこれ6年の時間が流れ、その間、仙台−山口−東京−水戸−ニューヨーク−韓国−再び東京と、各地で多くのスタッフと交流しながら作品を作り上げてきた。
作り上げるというよりも、なにか作品自体が成長し、勝手に作り上がってきたという感じがしっくりくるようにも思う。僕が担当している部分での話ではあるが、そのような感覚が常にある。もちろん、勝手に成長するわけはないが、大友さんをはじめ、多くのスタッフさんにもまれ作品自体が生命体のように、それぞれの環境の中で生き延びようとするように成長してきたような思いが強くある。
そんな「without records」が本になった。
このように、これまでの「without records」を俯瞰するように一冊の本(またはデータ本)として確認できるのはとても嬉しい。そして、この本には僕が関わる以前の京都での貴重な展示が収録されている。この京都の展示の中に全てがあり、ここから全てが始まった、大好きな展示。自分が関わっていないものをこのようにいうのもおかしな話なのかもしれないが、僕が制作している間、常にこの展示を思い起こしつつ作業を進めていたように思う。そして、これからもそこは変わらない事と思う。
この本の中で、ちょっとした文章を書いているが、その最後の日付にあるとおり数年前の震災直前に書いたもの。実は本が出る前に書き足す機会もあった。その文章を書いた時と本が出る間に、あの震災をこの仙台で経験し、そして、震災後のはじめての「without records」がニューヨークだった。本の写真をよく観ると分かるが、その展示環境は偶然とはいえ何か象徴的であり、僕には非常に複雑な思いがあった。そこについて話したことはないが、大友さんにもあったのではないかと想像する。そんなこんなもあり書き足したい気持ちも強くあったが、そこを言葉にするには僕には時間経過が短すぎたし、大友さんがその後の時間の中で書いていたので、書き加えることはやめて震災前の文章のままとした。時間を追う構成にもなっているので、そのままとしたのは結果的に良かったようにも思っている。
様々な土地で展示をし、その滞在生活が年1ヶ月にも満たないことなので、時折の旅暮らしもやり過ごせているが、このような生活が年の何分の1みたいな音楽家の生活は結構大変なものだといつも思う。それも慣れるものなのだろうか?
珍しく長々と書いているが、まだまだ書きたいこともあるように思うので、また気が向いた時。